Sabishii-Room.

ここに答えはありません。

女の子と初めてスタバへ行った話。

 「女の子苦手って、嘘でしょ。女の子と楽しそうに話してたじゃん」そう言われたとき、「この子は僕のこと好きなのではないか?」と思った。本当のところ、どうだったのかは今ではもうわからないけど。

 社会人1年目、会社の外部研修で、他の会社の新入社員と一緒に研修を受ける機会が何度かあった。研修では、グループを作って、グループワークに取り組むことが多く、気が付いたら連絡先を交換する流れになる。そこから何故か、打ち上げを焼肉屋でしようという話になり、僕も参加することになった。

 当日、本当に僕も参加していいものか緊張しながら焼肉屋へ到着すると、研修で知り合ったグループメンバーの他に、見慣れない女の子がひとり増えていた。話を聞くと、その研修に参加はしていたが、他のグループだったという女の子だった。黒縁メガネで黒髪で、女性アイドルグループが好きだというその子に興味が湧き、話を聞いたりした。お互いに想いを寄せている人はいるけど一歩踏み出せない話や、僕の「女の子は好きだけどすごく苦手だ」という話で盛り上がり、その日は別れた。もう会うこともないと思っていたのだが、次の月に行われる別の研修で、またその子と会えることがわかった。

 研修会場で周りを見渡し、近い席にその子が座っているのを見つけ、僕は思い切って話しかけに行った。そのうち、別の研修で知り合った女の子2人が「久しぶりだね」と話しかけにきてくれた。こんなことが僕の人生にもあるんだなあと思って、スーパーカーの曲「Strobolights」みたいな、多幸感と高揚感を感じた。2人の女の子とちょっとした立ち話を終えると、その様子を見ていたその子が「女の子苦手って、嘘でしょ。女の子と楽しそうに話してたじゃん」と僕に言った。その一言に深い意味はなかったのかもしれないが、24年間まともに恋愛のひとつもしてこなかった僕にとって「この子は僕のこと好きなのではないか?」と思わせるのに十分な表情と口調だった。

 研修が終わってからも、LINEのやり取りは続いた。お互いの共通点を見つけてみようか、という何気ないやり取りが心地よく、ある日「スタバが怖い」という共通点が見つかった。「これは吊り橋効果ならぬスタバ効果が期待できるのではないか?」という頭の悪い発想が働き、思い切って「スタバ、行ってみませんか」とLINEを送った。これまで、この手の誘いでOKを貰ったことが一度もなかったので、タイミング的にまだ早かったかな、などと少し後悔しながら返事を待った。返事はOKだった。

 博多駅近くのスタバがお互いの家から近いということもあり、博多駅の人混みの中で待っていた。誰も僕を振り向かない人混みの中から「背が高いから、すぐわかったよ〜」と、その子がやってきた。

 なんの注文をしたかすら、思い出せない。ただ、なんのカスタマイズもしていないコーヒー的なものを頼んだ気がする。僕はトールで、その子はショート。席について、コーヒーを飲みながら恋愛近況報告をお互いにした。当時、僕は同じ職場の女の子が好きだったけど、少しだけ諦めかけている時期でもあったため、今は好きではなくなったと話した。「じゃあ他に好きな人は?」と問われた僕は、教科書通りの返事をした。その気持ちは嘘ではなかったけれど、なんとなく申し訳なくなって、コーヒーを一口飲んだ。

 数十分経った頃、その子は僕のトールのカップを手に取った。「どうしたの?」と聞くと「あとどれくらいかな〜と思って」と答えた。そんな経験初めてだったから、すごくドキドキした。それから晩ごはんを食べて、夜も更けて来た頃「このあとどうする?」と聞かれた。「えっ、まだなんかやることあるのか!?もしかして…」と思ったのだけど「帰ろっか」と言ってお別れした。どうするのが正解だったのか、未だにわからないけど、おそらくそれで良かったんだと思う。

    スタバへ行ったのはその1度だけ。スタバという場所が、僕らを少しだけ背伸びさせたのかな、と今は思う。

Strobolights

Strobolights

だけどやっぱり東京に住みたい話。

 東京に住みたい。そう思って何年も経ったけれど、僕は九州の福岡に住んでいる。人生、なかなか上手くいかないものである。

 高校2年生のとき、修学旅行で初めて東京に行った。僕らが泊まっていた浅草ビューホテルからは、当時まだ建設中だった東京スカイツリーが見え、テレビの中の出来事を身近に感じた。東京スカイツリーは、東京を象徴する新しいランドマークであるのと同時に、完成する頃、僕らはどうなっているのだろうかという不安や期待を象徴するものでもあった。日々、大きく変化していく東京という場所で生きるということに憧れを持ったのは、ホテルから建設中の東京スカイツリーが見えたことが大きく影響していると思う。

 修学旅行で東京から宮崎に帰ってきた僕はしばらくの間、何も手につかない状態だった。修学旅行のしおりや、デジカメで切り取った東京を眺めては、ため息が出た。

 高校を卒業して、東京へ就職するクラスメイトたちを羨ましく思いながら、僕は大分県内の大学へ進学した。日々、Facebookに流れてくる東京就職組の日常は、フィルターなしでも十分に魅力的だった。無理をしてでも東京の大学へ行くべきだったという後悔と、僕はいつもこうだなという自己嫌悪は、大学での就職活動に大きく影響した。絶対に東京で就職してやる、という気持ちだけで、エントリーシートも履歴書も、スラスラ書けた。そのおかげか、東京の大手おもちゃメーカーや大手ゼネコンの広告代理店など、様々な大手企業の最終選考まで残ったが、結果は全滅だった。そのうち、選考のたびに東京へ行く旅費や宿泊費も厳しくなってきて、結局、福岡の会社に就職した。そして今も、福岡に住んでいる。

 大学の就職活動で東京に行ったとき、高校のときから仲良しだった友達2人と御徒町の居酒屋で飲んだあと、歩いて東京スカイツリーを目指したことがある。日付は変わっていたし、完全に酔った勢いでの提案だったが、2人は付き合ってくれた。思い出話やくだらない冗談を言いながら辿り着いた東京スカイツリーは、あの頃とは違って完成していた。「ラスボスがいそうだな」曇り空のもと、不気味な佇まいを見せる東京の新しいランドマークに、1人がそう言って、僕らは笑った。そこで僕は、この2人がいないと、東京に住む意味はないなと思った。目紛しく変化して行く街で生きていくには、変わらない何かがなければ、僕は生きていけない気がする。

    僕は今、大学卒業後に就職した会社を辞めて、職業訓練校で広告デザインの勉強をしている。デザインの仕事に就くことと東京に住むこと。この2つが簡単ではないことはわかっているけど、今度は諦めたくない。「東京の街に出て来ました」なんて、言える日を楽しみにしている。

東京

東京

先輩の話。

 ハローワークの帰り道、アイロンをかける時に使う霧吹きが欲しかったので、大橋駅の中にある100円ショップに寄った。わりと近所なのだが、来るのは初めてだった。それなりに品揃えが豊富なんだな〜なんて思いながら霧吹きを手に取り、レジへ向かった僕はドキッとした。「レジ、先輩に似てる…いや、本人?いやいや、そんなわけない。だって先輩は東京にいるはずだし、バイトするならヴィレヴァンって感じだし…」そんなことを考えながら会計の列に並び、目を凝らして店員の名札を確認した。しかし、そこに先輩の名前はなかった。あるわけないよな、と思ったけど、少しだけ期待している僕もいた。

 高校のとき、写真部に所属していた。写真に興味があったわけではなかったけど、なんとなく、僕の居場所はここだなという直感で入部を決めた。その直感が間違いではないことは、先輩との出会いが証明済みである。

 人生で初めての女性の先輩だった。カメラがよく似合っていて、あんまり前向きではない写真を撮る先輩だった。サブカルチャーに詳しくて、戸川純丸尾末広銀杏BOYZのことは、先輩のmixiから学んだ。知識に着られることなく、ただ自然に存在する先輩は、僕の憧れだった。

 忘れられないバレンタインデーがある。と言っても、好きな人からチョコレートを貰えたとか、そういう類の話ではなく、バレンタインデーの日に更新された先輩のmixiの話。その日、更新された先輩のmixi日記を読んで、僕は度肝を抜かれた。なんと、バンドマンの彼氏と、全身チョコまみれになってじゃれあっている写真がアップされていたのだ。真面目に生きてきた僕の中で、何かが音を立てて崩れる、センセーショナルな一枚だった。いけないものを見てしまったという僕の戸惑う気持ちなんて知らずに、写真の中の先輩は無邪気に笑っていた。

 先輩が高校を卒業することになった時、ワクワクした。もちろん寂しかったけれど、高校生という枠から抜け出した先輩が、社会人として社会の中でどんな風に生きていくのかすごく興味があったからだ。だけど、そんな僕の期待は、Facebookのタイムラインに反映されていなかった。高校生という枠から開放された先輩に、昔ほどの輝きを見つけられなかった僕はひどく落ち込んだ。だけど、もしかしたら、画面上では見えないだけで、先輩はあの頃のままなのかもしれない。大人だから。

 銀杏BOYZの「なんとなく僕たちは大人になるんだ」を聴くたびに思う。いつまでたっても僕は、先輩にドキドキしていたいんだな、と。

このドラマの主人公は僕だということに気付いた話。

 「お前のTumblr見てたけど、夜中によくわからん文章を連投してたな。不安定な時期か」そう聞かれた僕はイヤホンを耳に突っ込み、きのこの山の箱に手を伸ばした。「今日も外に出なかったんだって?なんかずっと部屋にいるのって不健康な感じしない?」「でも外は暑いから。なによりお金がないし、友達もいないのに、外に出る意味ってある?」そう問いかけられ、僕は黙ってしまった。

 独り言を言うようになったのは、一人暮らしを始めた大学生の時からだ。寂しいからという理由もあったけど、あるとき「あれ、このドラマの主人公って僕じゃん」ということに気が付いたのが大きかったように思う。ドラマとは、もちろん人生のことなのだけど。独り言は楽しい。心の葛藤をわざわざ口に出してみたり、ノリツッコミをしてみたり。独り言を言うだけで、僕はこのドラマの主人公なのだという事実に気付かされる。小学生の時、出山さんという女の子がよく独り言を言っていた。昔は「キャラ作り頑張ってるなぁ」なんて思っていたけれど、出山さんは出山さんで、小学生にしてその事実に気がついていたのかもしれない。テンションが高く、表情豊かで妄想好きで、まるで東村アキコ先生のマンガに出てるような女の子だった。

 テレビドラマが好きで、よく観る。好き嫌いせず、色んなジャンルのドラマを観るけれど、僕がしっくりくるのは「モテキ」とか「まほろ駅前番外地」みたいなドラマ。「モテキ」なんか特にそうなのだけど、劇中、様々な場面でピッタリの音楽が流れる感じ、あれはそのまんま自分の日常に似ていて、本当に好きな演出だ。近所のマツモトキヨシへ買い物に行くときも、ケンカした女の子と帰り道に仲直りしたときも、僕の頭の中には音楽が流れている。人生を、思い出を、よりドラマチックに演出してくれるのは音楽だと思う。

 たまに、音楽を全く聴かないという人に会うことがある。それを聞いて、「探してみたら、自分の人生をドラマチックにしてくれる音楽が見つかるのになあ」と思ったりするが、もちろんそれは口に出さない。考えてみたらわかることなのだけど、知っている曲が多ければ多いほど、特定の思い出に対して専用の音楽をパッケージングできる。思い出が音楽とシンクロして、ドラマになったことに気付いた時、音楽の面白さに気付くのかもしれない。僕はそうだったから。

    「音楽を聴いて恋をして、明日が待ちきれないような、そんな気持ちで生きていく」っていうのを理想のドラマに掲げ、毎日、主演の僕と監督の僕と演出家の僕などのオール僕で頑張っているけど、なかなか理想には近づかない。他の人のドラマとの兼ね合いもあるからね。だけど、上手くいかないから面白い。理想のドラマが出来上がるのは、シーズン3かな?明日かな?

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まほろ駅前番外地 DVD BOX(期間限定生産)
 

 

高校で一晩過ごした話。

 高校のデザイン科には、とにかく変わった人がたくさん集まっていて、どんな人でも受け入れてくれる土壌みたいなものが出来上がっていた。中学で色々と拗らせたまま高校生になってしまった僕も、そんなデザイン科の一人だった。

 高校2年生のとき、文化祭に向けてデザイン科で展示物をつくることになった。話し合いの結果、光と陰を利用したアート作品をつくることになったのだが、どう考えても文化祭まで時間が足りず、学校公認のもと徹夜で制作することになった。放課後、吹き抜けのある広いホールに集まり、複数のグループで作業を行った。作業中、ホール全体の電気は落とされており、僕らを照らすものは、それぞれのグループにある投光器の明かりだけ。投光器の暖色系の明かりは、高校を非日常に演出するのに十分だった。

    数時間経つと、最初は真面目に取り組んでいたクラスメイトたちも次第に集中力が切れはじめた。肝試しを始める人もいれば、椅子で眠っているクラスメイトを起こさないように部屋から運び出し、みんなで囲んで集合写真を撮影したりする人たちもいた。僕はどちらにも参加しないで、ただ遠くから、その様子を眺めていた。

 気がついたら眠っていて、気がついたら朝だった。7月だったから、ホールの床が冷たくて気持ち良かったし、ホールのスピーカーからはH Jungle with tの「GOING GOING HOME」が流れていて、すっかり夏の朝だった。先生たちが用意してくれた菓子パンと飲み物を寝ぼけ眼で選んで、食べた。みんな無言だった。その日も普通に1限目から授業があったことは覚えているけど、ちゃんと受けられたのかは覚えていない。

 高校で一晩過ごすという経験は、今考えても楽しすぎて笑ってしまう。読んで頂いて分かる通り、その一晩に大きな事件は何もなかった。恩田陸さんの小説「夜のピクニック」のようなドラマに溢れたものではなかったけれど、卒業アルバムにも載らない僕らだけの学校行事の思い出は、誰かの作り話のようで愛おしい。それにしても、あれだけ作業を放棄して遊んでいたのに、どのグループも作品が出来上がっていたから不思議だ。

GOING GOING HOME

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夜のピクニック (新潮文庫)

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好きだった人が夢に出てくる話。

 1度も彼女ができないまま、24歳になってしまった。さすがに焦りみたいなものとか、周りの20代に比べて劣っているのだなという敗北感を感じることはあるが、それはそれで、何かが始まりそうな感じがして愛おしい。そんな、完全に拗らせている僕の夢に、好きだった人が出てくるようになってかれこれ1週間になる。

 異性を好きになるってこんな感じなのか、と本当に思ったのは、高校も大学も通過した社会人1年目のことだった。就職活動に失敗し、何もかも投げやり気味になっていた僕が、大学の就職課に紹介されるがままに入社をした会社でのこと。何にも期待せずに迎えた入社式の当日、僕の隣に座っていたのは、これまで出会ったことのない、美しさと可愛さを兼ね備えた背の低いマッシュヘアの女の子だった。「何の努力もしてこなかった僕の隣に、こんな人がいるなんて、これは運命だ」と、恥ずかしながら本当に思った。それからの研修期間、一緒にご飯を食べたり、話題のチーズケーキ屋に一緒に並んだり、時折出てくる北九州の方言にドキドキした。これまで自分が歩んできた道のりは、この人に出会うためだったのかと思えるほど異性を好きになったのはそれが初めてだった。

 24年間生きてきて、一番長く話した女性はその子で間違いないし、女性と2人っきりでご飯を食べたのも、その子が初めてだった。研修期間が終わった頃、僕はその子のことが好きで好きでたまらなくなっていて、大袈裟かもしれないが、その子に会うために会社へ行っていたみたいなところがあった。笑ってしまうけど。

 あるとき、思いきって好意を伝えてみたが、結果は大方の予想通りダメだった。どうにもならないことのほうが多いよな〜なんて思いながら、帰りの電車で自分の気持ちに合う曲をiPodで探していた。そのときに見つけたのが、借りたっきり聴いていなかったback numberのアルバム「シャンデリア」に収録されている「僕は君のことが好きだけど君は僕を別に好きじゃないみたい」という曲だった。ピンポイントで人の気持ちを代弁してくれる歌詞に涙を浮かべながら「そりゃ売れるわ」と思った。

 今年の4月末、諸事情で会社を辞めた。会社に退職願を出す前日の夜、その子と長電話をした。僕は心が不安定になると、LINEなどSNSのアカウントを消してしまう癖があって、そのときも消してしまっていたから、無料通話ではなかった。だけど、通話料金なんてどうでもよくて、その子と話ができることがただ嬉しかった。会社を辞めることを伝えたあと、僕は思い出話のひとつとして、研修期間中の電車での話をしようとした。それは、研修最終日の電車でのこと。いつもは2人で隣の席に座って話をしていたのに、最終日に限って乗客が多く、離れた席に座ったまま話ができずに帰ってしまったことが残念だったという話。さすがに覚えていないだろうと思ったが、それくらい僕は好きだったということを伝えたくて、「研修の最終日にさ」と話し始めた。するとその子は「その日だけ人が多くて隣に座れなかったんだよね。あれは残念だったな〜」と続けたのだ。覚えてくれていたことが嬉しくて、もうそれだけで、その子と特別な関係になることを諦められた。退職した日、感謝の気持ちを伝えたメールを送ったあと、その子の連絡先を着信拒否にして、削除した。

    好きだった人が夢に出てくるということは、やっぱりまだ諦められていないのかもしれない。だけどもしかしたら、形として残すことをしていないからではないか、と思った。だから文章にして残しておこうと思う。活字嫌いなあの子のことだから、このブログを見つけても読まないだろうし。

 

高速バスに乗ったら聴きたくなる音楽の話。

 わけあって数日、実家のある宮崎へ帰省していた。この文章は、福岡への帰りの高速バスの中で書いている。外は雨。

 相対性理論というバンドが好きだ。高校生のとき、不思議な歌詞と、ボーカルのやくしまるえつこによるウィスパーボイス、中毒性のあるメロディに魅力を感じて好きになった。中でも「ハイファイ新書」というアルバムの1曲目に収録されている「テレ東」という曲が好きで、高速バスに乗ると、つい聴きたくなってしまう。

 高校の修学旅行で初めて東京へ行ったときのこと。移動のために乗った高速バスから夜景を眺めているとき、頭の中を流れてきた曲が「テレ東」だった。「歌詞の中に、バスで走る描写や夜景といった単語が出てくるわけではないのに、なぜこの曲が?」と不思議に思いつつ、「でも今はこの曲で正解だ」という説明できない納得があった。たしかそのとき、大半のクラスメイト達は疲れて眠っていたように思う。静まり返る車内と、その外側にある東京の華やかさ、そして楽しい時間もいつかは終わってしまうという切なさを満たす曲が、当時の僕の中には相対性理論の「テレ東」という曲しかなかったのだと思う。今、あの日のバスに乗ったら、僕の頭の中を流れる曲は、おそらく違う曲なのだろう。

ハイファイ新書

ハイファイ新書